こんにちは、なつ子です☆
つい最近ね、大好きだった叔母が亡くなったんです。本当に悲しくて、泣いて。死後の世界は本当にあるのか分からないけど、天国でも穏やかに幸せに暮らしてほしいっていう想いでお葬式も行いました。
でもね、うちの家系は、他人の評価をめちゃくちゃ気にする人が多くて、お葬式ですら「自分が良く見られること」を最優先に考えていて、本当に呆れました。。
ということで、今回は、親戚のお葬式で感じた「他人の評価を気にする人」の言動について書いてみようと思います。対人緊張(恐怖)症・あがり症で悩んでいる方が、少しでも気が楽になったり、克服するお手伝いができれば幸いです。
他人の評価を気にしすぎる人は、お葬式でも「自分が良く見られること」ばかり考える
お葬式というのは、故人を偲んで、故人のことを大切に想って、これまでの感謝の気持ちを込めて、天国でも幸せに暮らせるように・・・と送り出すものだと思うんですよね。
でもね、やっぱりうちの血筋は「人の目を気にする」家系なので、こんな時でも自分、自分、なんですよね。思考がすべて自分に向いている!
どんな時に感じたかっていうと、葬儀社との打ち合わせの時に、「喪主の方は位牌をお持ちいただき・・・」っていう説明があったんですけど、そしたら喪主を務める叔父が
「遺影の方が見た目が良いから、遺影を持ちたい」
って言ったんですよ。まじでね、「は????」って思いましたよね(;´∀`)
あんた、なんのためにお葬式やるんですか?って思わずツッコミそうになっちゃったわ。
妹は妹で、「あたしは荷物持ちなんか格好悪くていやだ!骨壺が持ちたい!」とかさ。
もうさ・・・誰が遺影持ったって骨壺持ったって、そんなことどうでもいいじゃん。
大事なのはさ、故人のことを想って、「今までありがとう。天国でも幸せに暮らしてね」って心を込めて願うことじゃない?
他人の評価を気にしすぎても、良いことは無い!
対人緊張症とかあがり症になる原因の1つに、「他人の評価を気にしすぎる」っていう性格があるんですけど、やっぱりね、お葬式でも、こういう考え方の人ってすぐに分かるんですよね。
赤面する、とか、声が震える、とか、対人緊張とかあがり症の症状が分かりやすく出ていなくても、そういう負のポテンシャルを秘めていることは一目瞭然なんですよね。
「自分は他人からどう見られるか?」
「良い風に思われたい」
とか、とにかくすべての思考が自分に向いているので、お葬式だろうがなんだろうが、考えていることは常に自分のこと。
「お焼香、うまくできなかったら恥ずかしい」とかさ。
いや、もちろんその気持ちは分かるんだけど、そんなことよりも、まずは何のためにお焼香をするのか知るべきじゃない?って思うんです。
自分の心身を清めて、その場を清めて、無事に故人が三途の川を渡って天国で平穏に暮らせるように願う。お焼香にはそんな意図があるので、本当に故人のことを想うなら、「お焼香を失敗せずに出来るか」じゃなくて、「お焼香の意味をかみしめて、手順は多少間違えてもいいから、とにかく想いを込めてお祈りしよう」っていう気持ちになるはずなんですよね。
他人の評価を気にしすぎる人っていうのは、自分自身も苦しいし、認識がみんなとズレていることも多くなってしまうので、良いことは無い!って私は思います。
多くの人と同じ感覚になって、自分のことだけじゃなくて周りに目を向けるようにすれば、自分自身も楽になりますし、こういう変な言動をしてしまうこともなくなると思います。
まとめ
今回は、親戚のお葬式で感じた「他人の評価を気にする人」の言動についてでした☆
いや~、ほんとうにね。びっくりしましたよ、正直。私もさ、昔はめちゃくちゃ他人の評価を気にして生きてきたから、あのままだったら、叔父とか妹みたいに、お葬式でも自分のことしか考えていない人になってたんだろうなって思って。考え方を直して本当に良かったと、心から思いました。
自分自身も楽になりますよ!!
では今日はこのへんで。
最後まで読んでいただきありがとうございました☆
